京都工芸繊維大学 学園だより No. 087 (1998.4.20)
高度情報化時代を生き抜くために
情報処理センター次長  柴山 充弘(繊維学部教授)

Vice-Director, Information Processing Center, KIT
 1996年の夏のある日突然、情報処理センター長の野村春治教授からセンター次長になるように要請を受けた。使い古された言葉で言えば、晴天の霹靂である。それまでも計算機演習などで情報処理センターに出入りはしていたが、大型計算機のことなどについてはまるで無知の私に務まるものではない。職務内容を聞いてさらに驚いた。4年ごとのシステム更新の陣頭指揮を執り、円滑に新システム導入を目指せ、とのことである。しかも、就任が9月、新システム導入検討委員会の召集が11月と予定されていた。先生からは万全の支援体制がとれるようにスタッフを配置するから、と励ましの言葉をいただいたものの、不安に暮れる幕開けであった。センター長、次長とも初の非電子系、非工芸学部系の人事であり、まわりからも期待と不安の目で見られた船出であったことと思う。あれから1年半たった今、事情により職を退くことになった。本来なら任期満了までつとめるべきところが、情報処理センター職員や本部ならびに工芸学部の事務官の方々、次期システム検討委員・仕様策定委員の皆様の助けをかりて、非力ながらも職務を果たすことができたことをまずもってお礼申し上げたい。センター次長最後の仕事として、センター広報に寄稿することになった。この機会に、センターのあり方に関する私見を含め、高度情報化時代を生き抜くための私の私見を披露し、ご批評を仰ぐことにしたい。

  まず、情報化によって恩恵を受けた例から始めよう。ご存じのように、物理学関係の国際誌ではTexなどを用いた電子投稿がすでに利用されている。その他でも、原稿や図を作成したフロッピーディスクをハードコピーとともに投稿することが常識になりつつある。思い出すのは、1986年、電子メールがbitnetと言う形で使われ始めた頃、マサチューセッツ大学に短期滞在した時のこと。先方の教授と研究の打ち合わせをした結果、追加実験が必要となった。実験内容に関する指示を日本に居る学生にbitnetで送ったところ、翌日には結果が説明付きの図としてファックスで届いていた。これには先方の教授もびっくりして、いかにあなたは有能な学生をもっているのかと、賞嘆を受けた。時差13時間(サマータイム)を考慮すれば、私の学生さんは夜中に私のbitnetを受け、それから徹夜で実験し、朝には結果を出して、レポートしたことになるからだ。またある時、東海村の原子力研究所で実験をしているときに、Telnetで本学のUNIXに入り、メールのチェックを行ったところ、アメリカ化学会から論文原稿の最終版の提出を電子メールでするように指示があった。そこで研究室の自分専用のマッキントッシュにftpで入り、該当する論文を探し、それを再びftpで学会に送る操作をした。こうした方法を採らなかったなら、出張から帰ったのち航空便で郵送することになり、出版作業が数週間以上遅れてしったことだろう。また、1995年の春にはイスラエルの訪問先から、やはり自分のマッックに入り、自分の書いた論文および図を物色し、必要なものをftpで取り寄せて、先方でのセミナーに役立てたこともある。こうなると、世界中どこにいても居ながらにして、研究ができたり、必要な情報が瞬時にして得られるという、まことに便利な世の中になったものである。

 今度は、コンピューターについての苦言を少し述べよう。数年前、科学研究費で顕微鏡を買う交渉をある代理店としていたところ、あまり値引きに応じてくれないので、コンピューターの値引率を引き合いにだしたところ、「顕微鏡は一生ものですから」と言われた。確かに、顕微鏡などの高性能光学機器は一度購入すると数十年は使える。実際、研究室にある偏光顕微鏡は30年以上たっているがまだ現役だ。その一方で、電子機器の寿命の短さは「うすばかげろう」のようにあわれだ。本来の意味での寿命はさることながら、より優れた性能やより新しい機能を備えた上位機種コンピューターが登場すると、アッという間に見向きもされなくなる。情報処理センターの4年毎の計算機システムの更新もこうしたコンピューターを取り巻く事情を勘案してのものだろうが、それでも次期システム検討委員会が発足してから1年余り経過する間につぎつぎと新しい製品が現れてくるから、導入時には既に幾分陳腐化している事実は否定できまい。さらにそのシステムを4年使うわけだから、よほどの「愛情」を注がない限り、鎮座してもらうだけで、お払い箱になる。その点、電子部品を余り使っていない、我が家の雛人形などはいい。娘が結婚するまで桃の節句が来ると20数年間は毎年床の間に鎮座することになっている。曰く、「顕微鏡や雛人形は一生もの、コンピューターは数ヶ月もの。」

 最近、クリフォード=ストール著の「コンピューターはからっぽの洞窟」と題する本を生協で見つけ、購入した。その本については、すでに本学情報処理センター広報No.16の編集後記にて少し触れたが、ここでもう少し詳しく紹介しよう。この本はインターネットとのつきあい方について、痛烈な批判を交えてその善と悪について議論している。たとえば、「コンピューター業界は、ハードウエアのスピードアップとソフトウエアの機能は重視するが、それを使いこなすためにユーザーがどれだけ苦労しなければならないかについてはあまり関心がない。」「(ソフトウエア)をちゃんと使えるようになるまでに費やす貴重な時間に比べれば、ソフトウエアやハードウエアの購入代金などかすんでしまう。」コンピューターにかかると、情報は神聖化されてしまう。だからコンピューターで加工された情報を見せられると、それを100パーセントうのみにしてしまい、たとえ内容に論理的な欠落があっても、見かけの良さに眩惑され、それに気づかない人が多い。」こうした言葉にはみなさんも思い当たることがたくさんおありであろう。しかし、クリフォード=ストールの真の意図は「インターネットコミュニティを真の意味での社会基盤(インフラストラクチャ)として存続してもらいたいと願っていること(訳者あとがき)」である。これには同感であるし、情報処理センターが将来にわたり担う役割と思う。 

 しかし、より積極的に情報化社会を考えるなら、次のことを提言したい。私たちは好むと好まざるとにかかわらず、高度情報化社会という川に放り出され、そこで溺れまいともがいている。そこにはコンピューターと仲良くできない人は取り残される運命にあるように思われる。自然界の弱肉強食による淘汰がここでは情報の多寡により起こっている。しかし、私たちは自問する必要がある。川のように流れている情報を単に網で魚を捕るようにすくい集めるだけでいいのか?そうではあるまい。これから逃れる術の一つとして、溺れるのではなく泳ぎ切ることがあろう。これは情報のスクリーニングであり、本当に必要な情報のみを取捨選択して、生かすことである。今ひとつとして、情報をつくりだすこと、たとえば新たな学問体系や芸術作品を創造することなど、がより重要であることに気がつかなければならない。これは人間社会の歴史における、狩猟生活から農耕生活(culture)への進歩に相当しよう。自然に対峙して、自然から真摯に学ぶことが科学者として真の姿であり、情報発信源になりうるのである。その意味で、私はヴァーチャルリアリティはあまり好きではない。文系の人なら自然を人間やさまざまな事象に置き換えることで、その意味することは同じである。ここでふたたび上述の本から一言引用して愚見を終えることにする。「労は為すため、得るためにあらず(原典は中華料理屋のフォーチュンクッキー)」を言いたい。手作りの喜びを知らず、(他作の)ソフト、コンピューターの性能、単なる情報の多さなどを自慢しているようではだめである。私たちの独創性がさらに発揮されんことを望んで。
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