コスメトロジー研究報告、2000, 8, 118.
日本人の美肌学

今から20年ほど前、まだ学生のころ、恩師の京大教授の家で、ポーランドの科学アカデミー所長とマサチューセッツ大学教授とともに談笑したときのことを思い出します。それは今日、若い女性の間で関心が高い美肌に関するものでした。所長曰く、「世界各国を回ったが日本の子供が一番かわいらしく肌もきめ細い。」私はテレビなどで見る西洋の子供の方が、人形のようではるかにかわいいというのが万人の認めるところであり、多くの日本人もそう信じているものと確信していましたので、断固その説に反対しました。これが発端となって、どこの国の人々が年齢より若く見えるかどうかについて日、欧、アメリカ代表(?)の間で議論を戦わせることになりました。結論は、やっぱり「日本人が一番若く見える」でした。これは、欧代表の日本人美肌説と相通じるものであるため、次にその理由付けをする事になりました。もちろん、「見た目の若さ」は肌のつやだけでなく、頭髪や人相などの諸因子を含めて総合的、しかし多分に主観的に判断するものでありますので、肌のきめ細かさや皺の多さに限定して議論しました。最初、肌のきめ細かさは人種に因るものだという意見が出ました。しかし、欧代表は「中国人の方が皺の多い人が多く、老けてみえる。」と主張し、人種説は否定されました。その後、食べ物説、紫外線説などがでてきましたが結論は出ませんでした。そこで、私は「秋田美人」の例を持ち出して、紫外線説のみならず「湿度」が重要なファクターであると湿度説を展開しました。雪国では紫外線被爆量が少ないだけでなく、湿度も高いからです。現在のコスメトロジーでいかなる審判が下っているかは知りませんが、結局、こうしたファクターの複合効果であると言うことで素人による美肌に関するコスメトロジー会議は終わりました。

あれから20年の間に、私はアメリカをはじめ、フランスやドイツはもとより、カナダ、メキシコ、ロシア、イスラエル、チェコ、香港、韓国、インドネシアなどを訪問しましたが、「日本人が一般的に若く見える」という真理(?)を確信しつつあります。この研究報告の読者の中にも外国人から10歳も20歳も若く見られたことを経験した方が多くおられることと思います。その意味で、日本は美肌先進国なのかもしれません。気候風土の恩恵にとどまることなく、現代美肌学はシミを隠し、皺を伸ばし、肌の色を変えるなどして、30から40歳も若く見せることを可能にしました。

この例は随分矮小化したコスメトロジーではありますが、どんどん進む高齢化社会においてコスメトロジーが果たす役割はますます大きくなると確信しています。私は、美肌学とはほど遠い高分子物性という視点から乳性蛋白質であるラクトグロブリンの凝集機構について貴財団からご支援をいただいた者ですが、合成高分子に比べてはるかに複雑な蛋白質の凝集・ゲル化機構にますます魅せられ、私なりのコスメトロジーを展開していきたいと考えています。

(京都工芸繊維大学)