ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)PNIPAハイドロゲルは温度に敏感に応答して、体積を変化させるゲルです。ところが、このPNIPAゲルは圧力に対しても敏感であることが分かってきました。そこで、PNIPAゲルの圧力誘起相分離について中性子散乱と動的光散乱で研究をしました。
PNIPAゲルの温度敏感性は側鎖に疎水性のイソプロピル基があるからです。疎水性とは水を嫌う性質です。この部分は疎水性でも隣にあるアミド基NHC=Oが親水的なので、全体としてはPNIPAゲル水に溶けます。それは、疎水基の周りの水が固まって疎水基を覆ってしまい、他の水分子との接触を減らすことによると考えられています。しかし、温度が上がると固まった水は「溶けて」しまい疎水基を保護出来なくなるので、結果として疎水基同士が集まってしまいます。このような変化が圧力に対しても起こることが分かってきました。
相分離を示す「曇点」を圧力の関数として測ってみました。PNIPAの溶液とゲルです。さらに、中性子散乱では水の代わりに重水(D2O)を使いますので、重水系でも測定しました。その結果、おもしろいことにある特定の圧力で曇点温度が極値をもつことがわかりました。
今度はPNIPA重水溶液の小角中性子散乱(SANS)の結果です。散乱関数は圧力の増大に伴って、大きくなり、その形は臨界現象でよくみられるオルンスタインーゼルニケ(OZ)型の散乱であることがわかりました。このOZ関数を用いたフィッティングから相関長xiなどが求まりました。
SANSと光散乱の結果をまとめると、上の図のような相図ができました。ここでは、曇点曲線のほか、スピノーダル線(相関長が発散した点)も求めることができました。
ところがPNIPA溶液でうまくいったOZ解析(Lorents関数解析)もゲルではうまくいきませんでした。ゲル固有の不均一性をあらわすLorents関数を2乗したsquared-Lorentz関数が必要でした。この関数を加えると、みごと実験散乱関数を再現できました。
どうして上に凸の形の相図となるのでしょう。いろいろ調べてみると、PNIPAと水を混ぜると体積が減少すること、発熱することが分かりました。逆に、混ざっているPNIPAゲルの温度を上げていくと、吸熱して相分離が起こります。これらは大気圧下での話ですが、圧力を上げていくと、混合による体積変化は小さくなっていくと考えられます。その結果、相図は上に凸の形となると考えています。
Shibayama, M., et al., Macromolecules, 2004, 37, 2909.