波紋、vol. 6, No. 3, 20-23 (1996)

より抜粋

蜘蛛の糸

11月15日早朝、昨夜の嵐も静まり、秋晴れの良い天気となった。SANS-Uは何事もなかったように徹夜実験を継続している。一連の実験が終り、次の実験をはじめてから外へ出た。朝の日差が目に染みる。ふと見ると、鬼蜘が雨でうたれてぼろぼろになった蜘の巣の張り替えをしていた。よく見ると、左半分はまだ未修正のままで、右半分は規則正しく横糸が張られつつある。まさに、蜘の巣の秩序ー無秩序転移がここにある。いたずらに、巣の端に触れてみると、蜘の造巣活動が止まった。そして全く動かなくなった。何か自分の知らない振動数の刺激を感じとり、それが何であるかを探ろうとしているようだ。その時間は実に90秒。やがて、何事もなかったように再び網を張りはじめた。網の張り替え活動の再現性を見るために、再び網に刺激を加えてみた。予想どおり、蜘は動きを止めた。だが、今度は虫が飛んできて網に触れてしまった。その途端、蜘の動きは一変し、餌をとるための機敏な行動に移った。向きを刺激の方向に変え、餌にめがけて今にも飛びつきそうな体勢だ。しかし、早朝よりの蜘の努力も虚しく虫は網に捕まることなく飛び去った。こうして虫は難を逃れ、蜘は朝食を食べ損ね、そして私の実験は失敗に終った。
 上述は当時の日記である。最近、網目を見ると妙に興味がわく。これも高分子ゲルの研究に携わって久しいからだろうか。高分子ゲルとは網目状になった高分子鎖が溶媒などで膨潤した状態を指す。理想的に架橋が進んですべての高分子鎖が互いに繋がれば、それは一個の超巨大分子ということができる。そこには微視的世界での分子間相互作用のわずかな変化が、ゲルの膨潤・収縮として巨視的物性に反映するという興味ある現象が見られる。その一つにゲルの体積相転移がある。たとえばゲル環境の一つである温度をわずか0.1度C変化させるだけで、ゲルの体積が数十倍も変化するようなゲルがある。ここでは、こうした現象をミクロな目、すなわち小角中性子散乱によって観察した研究について紹介し、かつこの分野の将来を占ってみる。
                 (以下、略)

(京都工芸繊維大学)