ナノゲルのダイナミクス
最終更新日:2019.8.28
ゲル微粒子からなるナノゲル分散液は牛乳のようにさらさらとした液体のようにふるまいます。でも、ナノゲルの濃度を上げていくと、どろどろとしたペースト状に変化します。これは既に化粧品や塗料など、産業分野で利用されているものです。ペースト状のナノゲルは、ソフトコロイドガラスと呼ばれ、ガラスのモデル材料としてソフトマター物理の世界で注目されています。我々は希薄濃度から濃厚ナノゲルペーストまでのダイナミクスを動的光散乱法で評価し、ジャミング(渋滞)転移などといったペーストの科学を探索しました[1]。
動的光散乱法(DLS)は、コロイド分散液から融解ポリマー、バルクゲル、ガラスなどのダイナミクスを非破壊で得ることができる有効な評価手法です。すでに、このOne Point講座の第2部と第3部で紹介されているように、DLSによってゲル化点の決定やバルクゲルの網目の運動を観測できます。ここで注意しなければならない点は、溶媒中に自由に拡散するコロイド粒子と連続した高分子網目からなるセンチメートル大のバルクゲルとでは、DLSで観測できるダイナミクスが異なることです。バルクゲルの場合、ゲルを構成する高分子鎖のゆらぎである「協同拡散」が観測されます。加えて、バルクゲルの散乱光強度には測定位置依存性があり、時間平均と位置平均が異なる非エルゴード系となります。よって、位置を変えDLS測定をした結果をアンサンブル平均化しなければ、本来のゲルの運動情報は評価できません。 私たちは、ゲルでありコロイド粒子でもあるナノゲルの場合、DLSからどのようなダイナミクスが得られるのか、という疑問を持ちました。特に、高濃度のナノゲルペーストでは、バルクゲルと同様に内部の高分子網目の協同拡散も観測できるのでは?と考えました。 DLS測定の結果、各ナノゲル濃度領域で特徴的な自己相関関数を得ることができました。希薄濃度領域では、従来のコロイドと同様に、ナノゲル一つの並進拡散を観測し、得られた拡散係数から流体力学的半径がわかります。中間濃度領域ではFastモードとSlowモードの2つの緩和が観測されました。Slowモードは抑制されたナノゲル一つの並進拡散現象を反映し、ナノゲル同士が拡散を阻害しているジャミング(渋滞)化を示しました。また、ナノゲルが動きにくくなったことで、ナノゲル内部の網目の協同拡散をFastモードとして観測することができました。さらに高濃度になると、Slowモードは緩和しなくなり、初期振幅が大きく低下しました。これはナノゲル自身が渋滞から動けなくなり、凍結してしまっていることを反映し、非エルゴード性が顕著になったことを意味します。この研究から、光散乱の観点からではナノゲルの高濃度ペーストは「ガラス」という見方もできますが、ジャミング転移より上の濃度では「バルクゲル」として取り扱う必要があることを明らかにしました。
コロイド分散液とバルクゲルの散乱光強度の位置依存性。 バルクゲルからの散乱光強度は顕著な位置依存性(スペックル)が見られる。
ナノゲル分散液の自己相関関数。各濃度領域で特徴的な緩和モードを示す。
[1] T. Kureha et al., Soft Matter, 15, 5390(2019)