イオン液体によるセルロース溶解メカニズムの解明

最終更新日:2017.6.23


樹木の主成分はセルロースと呼ばれる天然の高分子で、このセルロースを樹木から取り出し加工することによって フィルムや繊維、紙を作ることが出来ます。セルロースは水や一般的な有機溶媒には溶けませんが、 イオン液体と呼ばれる特殊な溶媒を用いると、簡単にセルロースを溶解し、効率良く加工することが出来ます。 我々の研究室では、イオン液体中に溶解したセルロースの構造を分子レベルで解明することに成功しました。


セルロースは樹木の主成分であり、地球上に最も多く存在する天然高分子です。 その応用は多岐にわたり、上で挙げたフィルム・繊維・紙の他はもちろん、バイオマスエタノールの原料としても期待されています。 セルロースを実用的な材料にするためには、セルロースを何らかの溶媒に溶解させて加工することが必須です。 しかし、天然に産出するセルロースは分子内・分子間に強固な水素結合ネットワークを形成しており、 一般的な溶媒はこの水素結合ネットワークを切断できないためにセルロースを溶解できません。 従来の溶解プロセスでは銅アンモニア溶液や二硫化炭素+水酸化ナトリウム等といった特殊な溶媒を使用していますが、 有害な蒸気を排出してしまうために環境負荷が大きいという問題が有りました。

2002年、Rogersらがイオン液体がセルロースを比較的温和な条件下(100℃での加熱)で溶解することが報告して以降、 イオン液体によるセルロース溶解現象に関する研究が多く行われるようになり、 近年では室温でセルロースを溶解するイオン液体も開発されています。[1,2] イオン液体は従来溶媒に比べて高いセルロース溶解能を持ち、かつ有害な蒸気を環境中に放出しない環境親和型のセルロース溶媒として期待されています。

セルロースがイオン液体に溶解する様子。 ろ紙(セルロース)をイオン液体に浸し、室温で静置するだけで完全に溶解する。



より効率的にセルロースを溶解するイオン液体を開発する、あるいは溶解プロセスを最適化するためには、 イオン液体がセルロースを溶解する機構や、イオン液体中に溶解したセルロースの分散状態を詳細に明らかにする必要があります。 我々は、大型放射光施設SPring-8でのX線散乱実験や分子動力学シミュレーションを駆使し、セルロース/イオン液体溶液に対して精密な構造解析を行いました。 結果として、イオン液体中において(i)セルロース分子間水素結合がイオン液体のアニオン種により切断され、セルロースが分子レベルで溶解していること、 (ii)セルロース分子内に水素結合が存在しているために、セルロースは剛直な棒状コンフォメーションを取っていること、 (iii)高濃度領域では棒状セルロース鎖の絡み合いにより不均一な網目構造が形成されることが明らかになりました。 今後、分子内水素結合をより効率的に切断する分子設計を行うことにより、イオン液体中におけるセルロース分子の屈曲性を高くすることができれば、 溶液粘度の低下・高濃度領域でのゲル化の抑制につながり、セルロースの溶解性を大きく向上させることが出来ると考えられます。

X線散乱実験とシミュレーションにより明らかになった、イオン液体中におけるセルロースの溶存構造


[1] R. P. Sawtloski et al., J. Am. Chem. Soc., 124, 4974(2002)
[2] Y. Fukaya et al., Green Chem., 10, 44(2008)