顕微動的光散乱法
最終更新日:2016.11.8
皆さんがよく飲む牛乳は、タンパク質や脂質が浮かんでいます。
これらの粒子は、どれくらいの大きさなのでしょうか?
我々の研究室では、牛乳に限らず様々な液体の粒径測定を可能にする新しい装置を開発しました。
我々が研究対象としているのは、高分子と呼ばれる分子です。
高分子は、分子レベルでは砂糖や塩などに比べてとても大きい分子です。
それでは、これらの分子は水中でどれくらいの大きさなのでしょうか?
身近な高分子の溶液としては、牛乳や墨汁が挙げられます。
これらはコロイド溶液と呼ばれており、溶けているものの大きさが100 nm前後となっています。
このような大きさのものは、通常の光学顕微鏡で観測するには小さすぎます。
そのため、粒径測定には少し工夫が必要です。
まず挙げられるのは、電子顕微鏡や原子間力顕微鏡といった特殊な顕微鏡の利用です。
しかし、これらの顕微鏡での測定では試料を真空中に入れるため、溶液を乾燥させなければなりません。
他の手法としては、本講座第2部で紹介されている光散乱が有効です。
しかし、光散乱測定を行う際には溶液を薄めなければなりません。
これは、光の吸収や乱反射を避ける必要があるからです。
溶液を薄めずに測定できる手法としては、X線散乱や中性子散乱(本講座第1部参照)が代表的です。
この手法は非常に強力なのですが、装置が大きく、実験室で手軽に行える実験ではありません。
そこで我々は、溶液を薄めずに光散乱を行う新しい実験手法を開発しました。
これが、顕微動的光散乱法です(1)。
顕微鏡を使うことによって、動的光散乱を濃い高分子溶液に対しても行えるようになりました。
本装置を用いることによって、粒径の濃度依存性を光散乱で測定することに初めて成功しました。
動的光散乱は溶液の粒径分布を簡便に測定できる手法ですので、本装置で幅広い研究が進むと考えています。
最近では、カーボンナノチューブの分散状態が溶液濃度で変化することを見出しました(2)。
動的光散乱装置の写真。 左奥にあるのがレーザー、右の手前にあるのが顕微鏡。 顕微鏡の奥の段ボールの箱には、検出器が入っている。 光をレーザーから検出器まで導くために、様々な光学素子が置かれている。
実際に牛乳を測定した結果を示します。 薄めた牛乳を測定した結果は赤の点線で、原液を測定した結果は緑の実線で描かれています。 薄めた牛乳の測定結果からは、10-7 m (100 nm)程度の大きさと、10-6 m (1 μm)程度の大きさの二つの成分が存在することが分かります。 これはそれぞれタンパク質と脂質であると考えられます。 一方、原液ではこれらの分布が混ざっています。 この理由としては、濃厚状態においてタンパク質と脂質とが会合体を作っていることなどが考えられます。 この装置で、身の回りに存在する様々なコロイド溶液の見方が変わるかもしれません。
牛乳を測定した結果。 1000倍に希釈した牛乳は従来の動的光散乱測定法で、原液は顕微動的光散乱法で測定した。 写真は原液をホールスライドガラスに封入したもの。 白濁していることが分かる。
(1) T. Hiroi and M. Shibayama, Opt. Express, 21, 20260 (2013)
(2) T. Hiroi, S. Ata, and M. Shibayama, J. Phys. Chem. C, 120, 5776 (2016)