「シェイクゲル」の科学

2011.3.29; 最終更新日:2014.9.18; movie updated: 2023.5.19

一見、固まっているようにみえるどろどろしたものも、激しく振ってみるとさらさらになるような液体があります。たとえばケチャップがそうです。こういうもの結構、身の回りにありますが、逆に激しく振ると固まってしまうものをみたことがありますか?実際には、そのような物質があるのです。その一つがシェイクゲル。ビンを振ると液体がゲルになるのです。



片栗粉大さじ2杯に水を大さじ1杯加えてみてください。一見、白いどろどろとした液体が出来ますが、混ぜようとするとすぐに固くなってしまいます。こんどは、この液体を手にとってぎゅっと握ってみてください。すると、一瞬固まってしまいますが、すぐにどろどろと指の間から流れ出てしまいます。そのような現象は水に溶いた小麦粉では起こらず、どろどろになるだけです。このように力を加えると流れなくなる現象を「ダイラタンシー」と言います。ダイラタンシーはもともと「ダイラタント(膨らむ)」と言う意味で、片栗粉を溶いた水は握ると少し膨らんで固くなっているのです。それは、上の図のように説明されています。片栗粉は細かいデンプンの粒でできています。それに水を加えると、デンプンは水に溶けるのではなく、砂粒のように小さな粒々として水の中に浮かんだ状態になります。浮かんでいるだけだから全体としては流れます。しかし、それに力を加えると整列して固くなるのです。転じて、圧力を加えたり、ずりをかけたりしたときに粘度が上がる現象をダイラタンシーと言います。

このOnePointで取り上げるのは、さらさらの溶液をシェイクしたら固まってしまう「シェイクゲル」と言われるゲルの謎解きです。シェイクゲルは高分子という長い紐状の高分子とナノメートルオーダーの粘土鉱物もしくは油滴(エマルション)の混合物からなっています。これらの研究は、花王株式会社との共同研究を行っております。使用している微細化エマルションの技術は「花王ソフィーナ 薬用ホワイトニング メモリーホワイト美白液」にも応用されています。このエマルションに高分子を添加するとシェイクゲルの完成です。

下のムービーを見てください。最初はさらさらの液体ですが、これを激しく振ると固まってしまいます。一度、固まると数時間たっても固まったままとなります。しかし、やがてもとにもどる不思議な液体です。


この謎解きにはレオメーターという粘度を測る装置と、小角中性子散乱装置というナノメートルオーダーの構造を調べる装置を使いました。レオメーターとは、「せん断」という変形を加えたときに発生する力を測ることで粘度を求める装置です。一方、小角中性子散乱装置は日本で数台しかない大型装置です。茨城県東海村の日本原子力研究開発機構(JAEA)にある研究用原子炉からでてくる中性子を使います。中性子は水素(H)と重水素(D)を見分ける力を持っているので、重水(D)で作ったシェイクゲルの中のHでできた高分子や油滴を見るのに適しています。実験の結果は、下の図に示すように、半径16.5 nmの油滴が44nmほどの間隔で並んで、広がりが約42nmの高分子鎖で満たされた水の中に漂っている構造であることがわかりました(nm;ナノメートル。1ナノメートルは10の9乗分の1メートル)。そして、面白いことに、せん断をかける速度をどんどん大きくしていっても油滴の形も油滴の間隔も殆ど変わらないことが分かりました。そうなるとシェイクゲルの主役は油滴ではなく高分子鎖に間違いないということになります。激しく振ったり、せん断をかけることで高分子鎖は引き延ばされ、それが隣接する油滴を橋架けし、全体が繋がってしまったときに急にゲル化が起こるというわけです。重要なことは、シェイクゲルになるためには、油滴の間隔と高分子の広がりがほぼ同じでないといけないということです。こうすれば僅かなせん断を与えただけでゲル化します。ゲルがもとに戻る時間は高分子と油滴の相性によっています。相性が良すぎると、最初から油滴に高分子がからまってしまうので沈殿してしまいます。一方、相性が悪すぎると橋架けが起こらならないのでゲル化は起こりません。微妙なバランスですね。

この内容は教育雑誌RikaTan「理科の探検」、2007年11月号(p.54-55)に掲載されました。

より詳しくは、M. Shibayama et al., J. Chem. Phys., 127, 144507 (2007)をご覧ください.